1.はじめに
2.黒井沢ルートの歴史
3.深田が黒井沢ルートを登った理由
4.黒井沢ルートの概要
5.黒井沢へのアプローチ
6.深田らの黒井沢ルートにこだわる無意味さ
7.これからの黒井沢ルート
8.恵那山の頂上がどこだか判らない人たちへ
恵那山林道(通称名)は、例年12月1日から翌年3月31日まで冬季通行止めとなります。また平成23年度のように、年間を通して工事通行止めになることもあります。ウェストン公園付近で林道のゲートが施錠されますので、その場合は黒井沢ルートは利用できません。詳細は中津川市の公式ウェブサイトなどでご確認下さい。
恵那山で最もポピュラーだった黒井沢ルートは、そのアプローチ林道の脆さからこれまでも何度も通行止めを経験してきました。なかでも2000年9月豪雨による通行止めは4年間も続きました。この間に恵那山の登山道には前宮ルートと広河原ルートが加わり、主役の座はこれらのルートに取って代わられたと言っても過言ではないでしょう。いささか影の薄い、忘れられかけた黒井沢ルートですが、やっと2004年4月29日からアプローチ林道が登山者に開放されることになりました。林道そのものは1年以上前に修復が終わって既に通行可能な状態になっていたのですが、堰堤工事などの関係から一般車両への開放が見送られてきた様です。前述の豪雨で傷ついた下部登山道も修復されたり、迂回路が設けられて登山に支障は無くなっています。
昭和32年5月 黒井沢ルートの測量が開始される
昭和34年6月 初期の黒井沢ルートが開通、9月伊勢湾台風上陸
昭和35年4月 深田久弥夫妻百名山取材で初期の黒井沢ルートを歩く
昭和36年頃 野熊の池を経由する新ルート着工、頂上避難小屋改築(旧小屋)
昭和37年夏頃 野熊の池を経由する新ルート完成
昭和40年頃 1992mピーク先の鞍部から岐阜県側山腹を巻くルートに変更され、黒井沢ルートが完成する
黒井沢ルートが出来る以前、岐阜県側から恵那山に登る一般ルートは前宮ルートと神坂峠ルートだけでした(注1)。これまで、昭和34年の伊勢湾台風の被害で前宮ルートが放棄され、その代わりに黒井沢ルートが開かれた・・・という認識を持っていた私ですが、どうやら事情は違うようです。初期の黒井沢ルートの計画は、上記の様に昭和32年には既に着手されていたのです。所要時間の長い前宮ルートに代わる新たなルートが求められていたからです。そして開通したばかりの初期の黒井沢ルートを深田久弥が百名山で紹介したこともあって、恵那山の表玄関の座を射止めたのです。ちなみに黒井沢ルートの開発は安藤卓造さんら川上の有志によるもので、安卓新道と呼ばれることもありました。
参考文献:永井毅著、恵那山と生きる、岐阜新聞社
参考資料:中津川市デジタルアーカイブス 黒井沢をキーワードに検索してみてください。
注1:落合ルートが当時どうだったかについては、現在調査中です。
深田が恵那山を訪れた昭和35年(1960年)当時は、まだ旧来の前宮ルートも健在でした。伊勢湾台風の被害は黒井沢ルートとて同じであっただろうに、何故恵那山の正面玄関である前宮ルートではなく黒井沢を選んだのか?・・・私は何年も疑問に思っていました。深田久弥の著書 わが愛する山々 を読んで事実がやっと判りました。
わが愛する山々(深田久弥著、新潮社1960年発行)より引用:
恵那山の歴史的登山路は、地図を見ると、実に長い。普通の山は十合目が終点だが、この山は二十合目まであるという。ゆっくり派の私には、山中一泊しなければ無理に思われた。そこでその宿泊設備があるかどうか、中津川市役所の観光課へ問合わせた。すぐ親切な返事がきて、昨年便利な新登山道がひらかれたこと、しかしその登山道も伊勢湾台風による倒木が多く、しかもまだ雪が深いから、春まで延期された方が得策であろうと書いてあった。
=中略=
その山頂を辞して、高低のある長い頂稜を辿った。途中、屋根の吹飛ばされた小屋があり、市役所の諸君はその再建について相談しあった。その熱心な討議から察するに、この夏には立派な山小屋ができあがるに相違ない。
長い歴史的登山路と表現された前宮ルートで恵那山に登るとなると、日帰りは健脚者に限られます。深田の様な一般的な中高年登山者が夫人連れで歩くには頂上で一泊しないと無理でした。しかし頂上小屋の屋根は吹飛ばされたままで、雪が残る4月という時期に彼らを泊めるには不十分である・・・そう当時の中津川市役所の観光課では判断されたのでしょう。そこで新設なった所要時間も短い黒井沢ルート(注、初期のルート)に白羽の矢が立ったのです。恐らく関係者は、黒井沢を売り出す絶好のチャンスと思われたことでしょう。この新ルートなら、恵那山を越えてその日のうちに富士見台の小屋へ縦走するのもさほど無理ではありません。尚、屋根の飛ばされた頂上の小屋は、翌昭和36年に改修されたそうです。
深田久弥らが恵那山に訪れた時のレポートについては、コラム恵那山watch わが愛する山々 をご覧下さい。
黒井沢ルートは野熊の池に至るまで沢沿いに進みます。せせらぎの音でリラックス出来るという特徴は、恵那山ではこのルートだけのものです。夏の野熊谷で青いトリカブトを眺め、流れに山椒魚を見つければ気分は最高でしょう。この前半に関して言えば水筒要らずかも知れません。さて黒井沢ルートで恵那山に登る時は、行程を三つに分けて捉えると判りやすいでしょう。
1.登山口〜野熊の池
登山届(計画書)をポストに投函したら、新しいゲートを潜って荒れた林道を進みます。林道は左岸から右岸へ渡り、徐々に荒れてきます。カーブで林道を離れ、黒井沢を渡って野熊谷の右岸沿いの山道になります。小川のせせらぎや巨樹の林は荒れ残った貴重な遺産です。登山口から30分で黒井沢休憩所。ドアがはずれ、窓が一枚無くなってしまった小屋が巨樹の横にひっそりと建っています。トイレは右端です。積極的な使用には耐えませんが、急な雨くらいはしのげます。また小屋の下は小さな広場になっていますので、テントを張ることも可能でしょう。黒井沢商業開発華やかなりし頃は、ここまでボンネットバスが入ったそうです。小屋を過ぎると本格的な山道になります。ジグザグに高度を上げ、じきにトラバースして野熊谷を小橋で渡ります。夏はトリカブトが怪しい花を咲かせています。流れにはサンショウウオもいるはずです。登山口から野熊の池までは90分以上の所要時間があるので、この辺りで一本立てるのも良いでしょう。登山道は少し沢沿いに進み、やがて沢から離れて再びジグザグに高度を上げます。歩きにくく展望も無いので、初心者には辛いところでしょうか。辺りの見上げる巨樹がいつしか足元に遠ざかるのを楽しみに我慢して歩きます。ほどなくトラバース気味の道になり、再び野熊谷に合流してその源流部を歩くようになると稜線も間近です。源流部の不思議な地形を左に眺めながら細い稜線を辿れば、目指すオアシス野熊の池へ到着です。近くの避難小屋は白雪姫の小人の家。また、野熊の池からこんこんと湧き出る水が、江戸中期までは岐阜県側へ流れていたという史実も興味深いですよね。
所要時間:約90分
2.野熊の池〜1992m標高点
ベンチでゆっくり休んだので足取りも軽やかになったことでしょう。まず1733m標高点の小山を越え、人工の唐松林を進みます。登山道はあまり効率よく付けられておらず、しかも少し荒れています。この唐松林ではすぐ近くに設置されているにもかかわらず500mも異なる距離を示す道標が目に留まることでしょう。それぞれ恵那山頂小屋 2.5km 中津川市 、 登山道 山頂まで3.0km と書かれています。間際らしい、わかり難い、いったいどちらが正しいのか?などと言われることもある道標ですが、二つの道標はいずれも正しい距離を示しています。古いほうは恵那山頂小屋(山頂避難小屋)までの距離を、新しい方は山頂(三角点広場)までの距離を示しているのです。ですから距離が異なっても当然なのです。ただ、今後はどちらかに統一した方が紛らわしくないでしょうね。さて、野熊の池を過ぎてもまだ恵那山の頂は見えません。つかみ所がない山と評される由縁もこの辺りに有ると思いますが、その分想像力を発揮して歩くと楽しいでしょう。唐松林の道はやがて尾根のコルに出ます。そこは小さな広場になっていて、初めて恵那山本峰が見える場所です。コルから1992m標高点を目指して尾根道を進みます。次第に展望が良くなり、御岳や中央アルプス、南アルプスが望めれば疲れもしばし忘れることでしょう。南東方向へ続く稜線を目で追えば、野熊山、複雑な地形の島の谷山、恩田大川入山を経て大川入山へと続く縦走路も見渡せます。その先にピラミダルなピークが見えますが、残念ながらあれは大川入山ではありません。この位置から見たとき、大川入山は三界山の陰になっているのです。詳しくは、1992m標高点から山頂まではまだ一時間かかります。微妙に遠い本峰を眺めながら一本立てます。南西には谷を隔てて焼山から続く恵那山回廊の一部を望むことが出来るでしょう。
所要時間:約60分
3.1992m標高点〜山頂
1992m標高点先の鞍部から登山道は山腹を大きく巻いて進みます。小屋まで1時間と書かれた古い道標もあります。すぐ近くには広河原ルートの県境分岐があり、そこから山頂までは20〜30分なのに対し黒井沢はまだ残り1時間。いかに黒井沢ルートが遠回りであるかを示しています。尚、1992m峰先の鞍部(コル)から稜線伝いに広河原ルートの県境分岐へ合流することも可能です。現状は2〜300mの藪こぎですが、近い将来この部分が登山道として繋がる可能性も秘められています。遠回りで、おまけに岩や木の根があって歩きにくい道なため、恵那山の評価を下げる一因とまで言われるところです。しかし辺りの森に注目してみましょう。恵那山が森であることを感じられる貴重な場所の一つです。特に小雨や、霧の深い日に訪れるとその印象が一層強くなることでしょう。山頂から南へ派生する長い尾根をまたぐと、山頂まで1Kmの看板。道は緩やかに水場まで下ります。水筒を満たした後は再び登り道に転じますが、もう小屋は間近です。三角点のある山頂は、トイレの分解層脇を通って南東方向です。一方2191m最高点は小屋から北西方向へ進みます。トイレの壁に案内板が設置されましたが、必ず地図とコンパスをチェックしてください。
所要時間:約60分
尚、下山にも2〜3時間を要します。
林道が通行できる期間は、例年4月初旬から11月末までです。詳しくは中津川市のウェブページか、同市商工観光課に問い合わせる必要があります。また林道は登山者だけでなく、工事関係者の大型車両、釣人、オートバイ、自転車、四輪駆動車マニアなどが走行します。一部ガードレールの無いところもあり、転落すれば命にかかわる事故となります。
林道入り口は判りやすく、迷うことはありません。川上で橋を渡るところを見落とさないことだけでしょう。国道19号を離れるとコンビニなどは一切ありません。トイレはシーズン中は黒井沢に仮設トイレが置かれるようです。尚、これまで無料で汲めた川上のミネラルウォーターは有料になったそうです。
参考:マピオン川上(かおれ)周辺図へのリンク
黒井沢林道が通行止めの期間も、黒井沢ルートへやってくる百名山ハイカーが絶えませんでした。他人の価値観にとやかく言うべきではないのかもしれませんが、少し冷静に考えて下さい。他にルートが無かったのならいざ知らず、他に3本も素晴らしいルートを選ぶことが登山者には許されていました。それなのに危険な工事箇所を突破し、延々数キロもの林道を踏破して、わざわさ黒井沢へやってくる理由がはたして有ったのでしょうか?コラム恵那山watch 2002年6月12日号に書いたとおり、現在の黒井沢ルートと深田久弥が百名山の取材で登った当時の黒井沢ルートとは、まったく別物です。何しろ深田久弥らは野熊の池も頂上直下の水場も通っていないのです。ですから、いくら現在の黒井沢ルートを歩いたからと言っても、深田らの恵那山を辿った事にはならないのです。
例えば複数の自動車で来て一台をデポすることで、黒井沢ルートから前宮ルートへの周遊コースを楽しむことが可能になるでしょう。公共交通機関利用なら、黒井沢から広河原への県を跨いだ縦走も可能です。もちろん富士見台や更に足を伸ばして南沢山までの縦走も。
以下はまだ正式な登山道ではなく、現状はバリエーションルート扱いになりますが、黒井沢ルートとクロスして新しい登山道が生まれる可能性があります。一つは、野熊の池から阿智村へ下る赤ナギルート。野熊の池が流れ落ちるのが赤ナギ、その沢沿いに有った昔の登山道を復活させようとする動きが有るそうです。もう一つは、1992mピーク先の鞍部から県境伝いに広河原ルートへ合流する部分、これは初期の黒井沢ルートだったところで、これまでは「冬道」などと呼ばれていたところですが、将来ここがつながる可能性が有ります。距離的に近く、一時的に笹が刈られたこともあります。
課題もあります。他のルート同様、トイレ問題です。キジ打ち・花摘みのマナーをハイカーに期待するのは極めて困難な状況であり、とんでもない場所でハイカーのありがたくない置きみやげに遭遇することが珍しくありません。黒井沢ルートのオアシス野熊の池を野糞の池にしないためにも、何らかの対策が必要だと思います。
黒井沢ルートで登られた方の多くは、山頂避難小屋まえの広場まで来られると次に進むべき方向を失ってしまうという現象が以前よく見られました。小屋やトイレ付近にいると、決まって「山頂はどっちですか?」と聞かれるのです。この場合の山頂が三角点なのか、それとも最高点かは、彼ら自身特に意識している風でもありません。彼らは単に登山の終点を知りたいだけのようです。こうした事情とその背景については、コラム 2005年5月15日号にまとめました。その後トイレの壁に案内板が設置されたため、上記のような人は減ったことでしょう。しかし案内板に頼るのではなく、進むべき方向はあなた自身が決めるべきだと思いませんか?
2004年4月13日 まだ暫定版ですが、久しぶりに大幅改訂しました。
2004年4月21日 少し手直ししました。
2004年9月4日 少し手直ししました。
2004年10月24日 カウンターを設置しました。
2005年5月16日 少し手直ししました。
2005年9月24日 加筆修正。
2005年10月15日 加筆修正。
2005年11月6日 深田が黒井沢ルートを登った理由を加筆。
2007年7月27日 一部加筆修正。
2008年3月17日 一部加筆修正。
2008年11月27日 林道情報を修正しました。
2010年3月11日 林道情報を修正しました。
2011年5月18日 若干修正しました。