北の国から


先週末、娘らの学校の奉仕作業があった。草刈り十字軍である。2枚で1000円の安物の刃がさんぜんと輝く草刈り機、長靴や手袋、着替えなどを軽トラに積み込む。この日は土曜だが仕事だった。私だけ仕事を抜けさせてもらった。仕事場から学校までは軽トラで約10分。すでに大勢の父兄が集まっている。この学校は中高一貫校で、通学生だけでなく寮に入っている学生もいる。そのため他県ナンバーで来る父兄も多く、さらに夫婦で参加される人も少なくない。一方、地元の生徒の親にはこうした行事に一切参加しない人もいる。「土曜日は仕事だから」とか、「その日は用事があるから」等、個々に理由があるのだろうが、熱意の差ということだろう。ちなみにこの奉仕活動の参加は任意である。夏の草刈りはもう3シーズン目である。

草刈りが楽しい理由

草刈りは楽しいぞ。エンジン音がいくらうるさくても、2サイクルの排ガスが臭くても楽しい。やった結果がすぐ目に見える単純明快さが楽しい。石やブロックでチップソーを痛めぬ様に気遣いながら、塀の際まで美しく刈れた時の達成感といったらない。草ののびた土手を、まるで高校球児の坊主頭のように刈り込む作業は快感で、草刈り技術と絵心?の見せ所だ。でも本当に楽しいのは、「子供のために何かをしてやれた」と思えたことだろう。

「北の国から」をテレビドラマで見たのは1981年。まだ大学生の頃だった。つまり子供の立場でこのドラマを見ていたわけだ。その頃は両親、特に母が何故そんなに夢中になって見ているのかよくわからなかったが、最近レンタルDVDで順番に全巻見ると当時とは違う思いに耽る自分がいる。親の立場で見る新鮮さだろう。子供を育てる楽しさと難しさ。やがて自立していく子供が下す親への残酷な決別。生きることも子育ても、きれいごとじゃあない。でも「子供を育てさせてもらえる幸せ」は、何物にも代え難い。草刈りを終えてこのCDを聞いた夜にそんなことを思った。